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zoom RSS 零戦(ゼロセン)、堀越二郎、そして現在のエスコートゾーン

<<   作成日時 : 2013/08/01 21:45   >>

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  所沢航空発祥記念館では、8月31日(土)まで「日本の航空技術100年展」を開催中です。
  http://tam-web.jsf.or.jp/spevent/highlight.html

- - - - - - (サイトより)
零戦来日
 アメリカの航空博物館が所蔵する零戦が来日し、展示されています。第2次世界大戦中、サイパン島で収用された機体で、現在もアメリカの航空ショーなどで飛行している、オリジナルの姿で飛行可能な世界で唯一の零戦です。

開催期間
展示期間は当初平成25年3月末まででしたが、零戦展示の延期が決定し、8月末まで実施されます。

日本の航空技術100年展
平成24年8月4日(土曜)〜平成25年8月31日(土曜)

零戦展示期間
平成24年12月1日(土曜)〜平成25年8月31日(土曜)
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 今回の特徴は、海軍の「零式(れいしき)艦上戦闘機」いわゆる「零戦(ゼロセン)」を設計開発したことで名高い堀越二郎の生涯の資料展示と、零戦の実物展示です。

 この零戦は、世界でただ1機だけ残った、現在でも実際に飛べる戦闘機です。

 この特別企画は8月31日で終わり、零戦は所有者のいるアメリカに戻ります。

 私は、その展示会に昨日行ってきました。
 
 所沢航空発祥記念館は、西武新宿線の航空公園駅から歩いて10分程度の、広く静かな航空公園の中にありました。



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 私は、子どもの時から聞いていた零戦のことと、最近になって知ったその開発者の堀越二郎に特に関心がありました。

 アメリカのライト兄弟が初めて動力で飛行に成功したのは110年前の1903年でしたから、それから10年の1913年に日本の航空の歴史が始まったとされています。

 それから、この1903年に、ゼロ戦とYS11を開発した堀越二郎が生まれていたことも、奇遇なことです。

 まさに、優れた飛行機を設計開発するために生まれてきたような人です。

 不幸にして、日本が第二次大戦に向かう頃に航空機の製造会社にいましたから、銘機とは言え、戦闘機を作らざるを得なかったのかと思います。

 零戦は、1万機以上製造され、この1機だけが完全な姿で無事だったとのことですが、1万人以上の多くの若者がこの機に搭乗し、兵士が乗る敵機を墜落させ、また戦況が悪化すると、特攻隊の手段として使われました。

 何と多くの貴い人命を失わせなければならなかったかと思い、戦争の酷さと悲惨さを痛感しました。

 堀越は、戦後に、日本の民間機として有名なYS11を設計製造しています。ここでは、戦争と関係なく、その飛行機開発の才能を発揮しました

 記念館の大型映像館では、オリジナル映像作品「傑作機 零戦と人間・堀越二郎」を上映していました。

 堀越二郎の甥にあたる方が、映画の中で多く語っていました。

 堀越二郎の実家で発見された資料の多くを寄贈されたとのことでした。

 それで、記念館には、堀越二郎の貴重な遺品が数多く展示されてありました。



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 その遺品を見ても、彼の優秀さ、飛行機開発の情熱、緻密な計画と実験の人柄がよく分かり、いかにきちんと正確な記録を残していたかが分かります。



 次に、 零戦の実物ですが、零戦の回りには柵があって触ることはできません。

 それで、あらかじめ、別の触れる資料で、零戦と同じようなプロペラ、エンジン、翼の形状などを観察しておきました。




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 その後に、零戦の翼の幅だけ歩いたり、白い杖を上に伸ばして垂直尾翼の高さを知ったり、学芸員の方の解説も途中から頂いて、零戦のイメージを頭に入れました。




 航空公園駅から会場に来る時はタクシーでしたが、帰りは公園から駅まで歩くことにしました。

 ここは、「航空発祥の地」の跡地とあって、公園も道路も平で広々としています。

 駅の近くに道幅の広い交差点があり、エスコートゾーンが敷設されていました。

 横断はスクランブル方式でしたが、エスコートゾーンは東西南北4カ所に設置されていました。




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 4カ所から「カッコウ」の鳴き声が一斉にしました。

 それで、エスコートゾーンを渡りましたが、私の足では2分の1ぐらい渡たりかけたところで音が止み、信号が変わってしまいました。




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 それから、エスコートゾーンは、非常に摩耗して破壊されているのか、靴の足裏ではよく分かりませんでした。




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 所沢市には、国立の身体障害者リハビリテーションセンターがあるはずです。

 ここには、各障害についての施設や研究所があります。

 エスコートゾーンは、視覚障害者の安全歩行にとって重要なものです。

 この航空公園駅近くのエスコートゾーンは利用しにくいものででした。


 零戦(ゼロセン)に関係する展示を見ての帰り道でしたから、国が真剣になれば、あんなに優れた戦闘機を作れたのに、今、一般にあるエスコートゾーンの多くが、あまりにも脆弱に思えて残念でなりません。


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