長谷川貞夫の視覚障害とユビキタス情報バリアフリー

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zoom RSS 東京新聞「改装中の旧日比谷図書館 視覚障害者も利用しやすく」 2010年8月3日

<<   作成日時 : 2010/08/04 20:21   >>

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「対面朗読などの歴史的事実の認識と視覚障害者のこれからの情報社会」:
東京新聞「改装中の旧日比谷図書館 視覚障害者も利用しやすく」 2010年8月3日


 私は、55年前の昭和30年における全点協運動(*1)、昭和32年における「最初の盲人のための録音テープライブラリー開設」(*2)など、半世紀以上にわたり、視覚障害者のバリアフリーや権利獲得の活動にたずさわってきた。「公共図書館における対面朗読サービス開始」も、視読協運動参加の1員として、その活動の一つであった。
もし、40年前に、私のあの行動がなければ、今の公共図書館における対面朗読の形はなかったかも知れない。その意味で、今回の日比谷図書館の対面朗読を論ずるには、正しい事実を踏まえて行なわなければならない。


http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokyo/20100803/CK2010080302000025.html
−− 引用 −−
  主催するNPO法人「大活字文化普及協会」(同区神田神保町)によると、旧図
書館では一九七〇年、視覚障害者が読みたい本や資料を朗読してもらえる対面朗読を
国内で初めて開始。七三年にこのサービスは都立中央図書館(港区)に移されたため
、三年間だけだったが「先駆的な取り組みだったのは間違いない」と同協会の市橋正
光事務局長(37)は話す。
−− 引用終了 −−


 対面朗読の事実を正確に補っておきたい。このシンポジウムは記録され、後に残されるのだから、その歴史的事実を正確に伝えることは大切である。

 日比谷図書館の視覚障害者サービスは、1970年4月から始まったが、それは、点訳と録音であり、対面朗読サービスはなかった。
 また、点訳や録音のサービスも、視読協結成の6月の前に年度始めの4月から開始されている。それは、東視協、日本盲大学生会など、視読協結成の前の団体が、東京都に交渉してきた結果なのである。(東視協「東京視力障害者の生活と権理を守る会」)

 私は、視読協(*3)において、市橋正晴事務局長などが運動した公共図書館の視覚障害者サービス開始の要求を評価している。それは、従来、視覚障害者の文字情報について、点字図書館だけが、無料の奉仕のボランティアに頼り、点訳や録音朗読をしているが、それを公的機関である公共図書館が、点訳や朗読を、無料奉仕のボランティアだけに頼るのでなく、公的に保証を求めるものであった。その要求は認められ、点訳と録音について、点訳者、朗読者に費用が支払われるようになった。


・ここで大事なことは「意識改革」である。視覚障害者の読書は、すべて点字図書館に対する無料奉仕のボランティアに頼るという従来の意式を覆したことである。このことは大きい。
 日比谷図書館は、点訳と録音の公的サービスを認めたが、最初、これらの点訳、録音の業務を、全面的に日本点字図書館に委託する予定であった。それは、奉仕者の点訳と録音をで成り立つ、点字図書館に公が金で割込むことに遠慮があったのだ。だから、点字図書館に業務を委託することを考えた。
 視読協は、これに対し強硬に反対した。これでは、奉仕者は、作業時間で費用を点字図書館から払われても、奉仕的精神で、点字図書館に寄付してしまうことが考えられたからである。継続してすべて無料の奉仕者に頼ることは、今日の視覚障害者の情報保障には至らなかったであろう。


・ 私は、ある時、急いで朗読したい本があった。しかし、日比谷図書館に依頼しても、朗読完成には、3カ月から半年もかかる。そんなに待たされたのでは読書の意味がない。読書とは、必要な時に読むものである。

 そこで、当時の杉捷夫館長(フランス文学・元東大教授)に図書館の事務所を通して、「視覚障害者ですが、私が図書館に行きますから、図書館にある膨大な蔵書から本を選んで目の前で本を読めるようにしていただきたい。」と要望した。
 杉館長は、すぐに認めて下さり、1970年10月6日から、火曜日の週に1回、3時間だけ、図書館の蔵書のうちから読んでもらえるようになった。その時は、「対面朗読」の言葉がなかったので、「これを、直接朗読」などと呼んでいた。

 私が、「対面朗読」の言葉を用いたのは、2年間の直接朗読が終わる頃に書いた「視覚障害者における情報の問題」 - 公共図書館は、目の不自由な住民にどのようなサービスをするのがよいか -(「月刊社会教育」国土社1972年9月号)からである。そして、10月から、日比谷図書館は、来年の新図書館に図書を移すので、長期の休館となり、この雑誌で初めて紹介した「対面朗読」は満2年をもって終了した。

 確かに、私が2年間にわたり図書館まで行って直接に読んでもらっていたことが、国土社の雑誌で「対面朗読」と書いたように、後にこれが事実上の試行期間となり、1973年の都立中央図書館開設とともに、「対面朗読サービス」は、東京都の正式な事業として行なわれるようになった。


・ここでも大事なことは「時代を画する意識改革」である。
 視覚障害者の読書は、点字図書館や公共図書館から点字や録音物を郵便で、送り、また、それを郵便で返却するというのが常識であった。たまたま図書館に近い人だけが、図書館に図書を借りに行くことがあった。
 しかし、このような習慣と意識は改革された。
 私は、雑誌のにも書いたように、住民として東京都立日比谷図書館に通うようになったのである。

 ある時、私は日比谷図書館の事務用入口から入ってエレベーター近くまで行った時に声を掛けられた。
 「もしもし、ここは図書館ですが、何か建物を間違えたのではないですか。」
 私は、「図書館に本を読んでもらうために来たのです。」と返事した。
 そうしたら、
 「あなたがたの利用する図書館は点字図書館です。行き方を教えて上げましょうか。」との返事だった。

 ところが、現在では、全国に2千以上もある公共図書館に視覚障害者が行くことは普通のこととなった。これは、公共図書館に視覚障害者が行くことが当然となったというこれも「時代を画す意識改革」なのである。

 私は、もちろん、東京都立中央図書館の開館式の直後から、「対面朗読サービス」を充分に利用している。そして、それから、38年を経た今でも目的によって図書館の対面朗読を利用している。ただ、利用の仕方は、IT技術の進歩した今では、最初の時代とかなり異なっている。また、IT時代にふさわしい、図書館にだけにこだわらない新しい視覚障害保障のシステムを考えている。


(*1)六点漢字の自叙伝( 2)
http://www5f.biglobe.ne.jp/~telspt/txt602.html


(*2)盲人の歴史: recording アーカイブ
http://www.yupeace.net/blind-history/recording/

(*3)盲人の歴史: 文化 アーカイブ
http://yupeace.net/blind-history/cat10/

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