長谷川貞夫の視覚障害とユビキタス情報バリアフリー

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zoom RSS 世界で初めて点字ブロックを採用した宇都宮市でのヘレンケラーホンの講演

<<   作成日時 : 2009/02/22 13:17   >>

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 2月15日に宇都宮市総合福祉センターで講演をしました。
 点字ブロックについて思いがけなく二つの歴史の事実を知り、また講演の内容の全点協運動に関係した懐しい人にも会ってきました。
 点字ブロックについては、岡山県の三宅精一氏が苦労の末に開発し、岡山盲学校の近くに最初に敷設したことは知っていましたが、宇都宮市が世界で初めて自治体として敷設したことを知りました。(*参考 <伊藤勝規>)
 また、この点字ブロック発明の端緒が、三宅精一氏と日本ライトハウス理事長 岩橋英行氏の盲導犬を通しての知人であったことを知ったことも大きな驚きでした。(*)
 岩橋英行氏は、講演中の全点協運動の際、わざわざ点字毎日の編集長と大阪から東京まで来られ、東京教育大学附属盲学校の玄関の右の応接間で私は会ったことを昨日のことのようにはっきりと覚えています。
 岩橋英行氏は、前年の昭和29年に父・岩橋武夫を失い、父を継いで理事長になったところでした。29歳でしたが、福祉を支える若い理事長として、盲学校生徒の点字教科書を求める運動の熱意を知り、点字毎日の編集の人と大阪から上京して来たのでした。若い盲学校の運動にたずさわる生徒たちは、この若い理事長の上京に励まされたのでした。


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 今回の講演会の主催は、栃木県視覚障害者福祉協会(会長・小池上 淳)です。
 演題は、「視覚障害者とバリアフリー」でした。
 ここまでにも述べてきましたが、今回の講演では、全く思いがけないことがあり、また、新しいことを知りました。

 講演内容の「全点協運動」と関係する50年前の当時における東京教育大学附属盲学校生徒時代の懐しい友人に会うことができました。

●ヘレンケラーホンのデモ

 講演については、冒頭で、まずヘレンケラーホン(盲ろう者用携帯電話)のデモを行ないました。
 当日会場に参加した初対面の方3名の方にヘレンケラーホンで実際に電話をかけて、振動で体表に点字を伝えられることを体験してもらいました。


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 【ヘレンケラーホン】のデモについては、昨年からこれまでに、5カ所で実際に電話を掛けて、筆談のための体表点字を携帯のキーの上で書いたり、振動子を手に握ったりして読んでもらいました。(*注)

 以上のデモにおいて、時間や人数などは各会場で違いましたが、いずれのデモでも、体表点字を実際に指でなく体で読んで、点字の筆談による電話での会話の原理を理解してもらえたと思っています。

 盲ろう者との体表点字による電話での筆談とは、ワイシャツのボタンほどの大きさの振動するもの(振動子)を2個、両手で握ったり、帽子の内側に付けたりして、携帯の数字キーで点字の形を入力し、体の表面で点字を互いに読みながらの筆談をすることです。
 「携帯の数字キーで点字の形を入力する。」とは、携帯の6個のキーを点字の「め」の字にします。
 具体的には、点字の上から2点ずつを、上から、「1,2、4,5、7,8」の数字キーに割り当ててあります。


●全点協運動

それに続き、「全点協運動」に始まる私が20歳の時からの約半世紀にわたるバリアフリーに関連する話をしました。

 初めに全点協運動について話しました。
 20歳の時は、盲学校高等部専攻科の生徒でしたが、「全点協運動」、つまり、全国盲学校生徒点字教科書問題改善促進協議会という名前で運動を起こした訳です。
http://www.wesranet.com/6ten/txt602.html

 この盲学校生徒の運動で、翌年の昭和31年から盲学校高等部の点字教科書が全科目発行されるようになり、また教科書が無料となりました。現在に続く視覚障害者教育に果たした役割は大きいかと思います。このことは、案外知られていない事実なのです。日本点字の100周年を記念した点字の歴史をつづった本の「点字教科
書」の項にも全点協運動のことは触れられていません。あえて無視されたと思っています。

 1990年の、日本の点字制定100年の後、今年はルイ・ブライユ生誕200年の記念すべき年です。
 私は、ブイ・ブライユの指で読む点字を、21世紀のコンピューターによる情報時代にふさわしく「体表点字」を開発しました。これは全くルイ・ブライユの点字の原理に基づく展開です。

 その応用の一つが「ヘレンケラーホン」です。情報に最も恵まれない盲ろうの方に最初の応用を行ないました。これから視覚障害者、聴覚障害者、その他の応用と広めます。

 これらの話をしてから参加の皆さんとお話する時に、T.Yさんという、盲学校時代に私より2年下の人に会うことができたのです。
 T.Yさんは、この全点協運動の時に山手線の目白駅前での署名活動などで活躍したことを覚えています。

 そして、その後の私のバリアフリーの取り組みについて話を続けました。
 詳しいことはこちらをご覧ください。
http://www.wesranet.com/6ten/txt6idx.html
http://www5d.biglobe.ne.jp/~sptnet/78486594/

 それから、テレサポートや体表点字にいたる経過を話し講演を終えました。


●テレサポート

・テレサポートとは、テレビ電話の機能を用い、視覚障害者がカメラを操作し、目の前の情報を映し、それを通信で送り、遠くにいる人が視覚で携帯などの画面を見てカメラで映されたものを説明することです。テレサポートの以前は、視覚障害者の目の前のことは、視覚のある人がその隣にいないかぎり説明できませんでした。ですから、テレサポートは、離れた遠くから視覚障害者を支援する技術ですから、その原理は画期的なことなのです。
 実際に、昨年、オーストリアのリンツから、リンツ大学のお城の講堂、大聖道の内部を東京からテレサポートで説明してもらいました。私が「らくらくホン プレミアム」のカメラで映す、この古いお城や大教会の建物の内部の様子が、東京からの説明で、すぐ隣の人の説明のようによく分かりました。これが「テレサポート」なのです。
http://www5d.biglobe.ne.jp/~sptnet/64161660/

 宇都宮では多くの方にお会いでき暖かい交流ができました。
 帰りには、小池上会長ご夫妻にJR宇都宮まで送っていただく間に、点字ブロックについての貴重な歴史を聞くことができました。
 その話は、宇都宮市が自治体として最初に点字ブロックを視覚障害者のために道路に敷設したとのことです。
 私の記憶でも、昭和40年に入ってから、点字毎日の誌上で、宇都宮市に点字ブロックと、震動で触知できる交通信号機が設けられたというニュースがあったことを覚えていました。「世界最初の点字ブロック」とは、その点字ブロックのことだったのです。その点字ブロックそのものは、既に撤去されていてありませんが、この歴史的な事実は素晴らしいことです。
 この点字ブロックの歴史は、駅へ帰る道の途中に、特殊な点字ブロックがあり、磁石がに埋められているという話から、話題が「世界で初めての点字ブロック」に発展して分かりました。
 かつて、宇都宮市は、点字ブロックに磁石を埋めて、その上を特殊な白杖を持って歩くと、杖の振動で点字ブロックの上にいることが分かるようにしたそうです。
 もちろん、このほかにも磁石を用いての応用があったものと推測できます。この点字ブロックの上で磁石を感じる杖は、既に作られていないそうです。


(*注)
・2008年9月28日:社団法人福島県盲人協会主催の文化祭
「視覚障がい者とユビキタスネットワーク社会」

・2008年10月26日:静岡県視覚障害者協会文化祭
「視覚障害者における移動の自由とユビキタス時代における展望」

・2008年11月4日:サイトワールド2008
「ブライユ点字の21世紀的展開による体表点字とヘレンケラーホン(盲ろう者用
電話」
http://www5d.biglobe.ne.jp/~sptnet/44196508/
・2009年1月25日:「東京都視覚障害教養講座」
「視覚障害者用ワープロ第1号機からヘレンケラーホン(盲ろう者用電話)まで」
http://www.normanet.ne.jp/~tsk/kohza/090125.htm
・2009年2月6日:国際シンポジウム
「地域における障害者のインクルーシブな情報支援」(2月6日7日京都)
http://blog.normanet.ne.jp/atdo/index.php?q=node/30
http://ubq-brl.at.webry.info/200902/article_1.html

・参考 <伊藤勝規>
2004年10月号
「世界で始めて点字ブロックを採用してのは宇都宮市だった」
http://www.normalization.jp/page5_200410.html[文中の、「1922年に日本で始めて点字出版を手がけた人物です。」の「人物」は、
父・岩橋武夫が正しいです(長谷川)。]

・日本ライトハウス80年の軌跡
http://www.lighthouse.or.jp/rekisi.html

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